2018年12月に「東大阪モノづくりミュージアム」がフレスポ東大阪イベントスペースでオープンする。左に示すのは展示のイメージ図である。フレスポ東大阪が所在する稲田新町界隈で野田金属工業は事業の拠点を構えてきた。その経緯と「東大阪モノづくりミュージアム」に寄せる思いを聞いた。
野田邦雄氏は稲田新町2丁目の貸工場(平屋3連棟の2区画)を借りて1973年に独立した。周りは畑で雲雀(ひばり)が鳴いていた。道を隔てた筋向えには近畿車輌株式会社の所有地にボーリング場とゴルフ練習場があった。1973年の秋にはオイルショックが起きたが、その影響をしのいで事業を拡張し、1980年代に入って隣接地の貸工場を借りて第2工場とした。長大な部材の加工が増えたため、特別に設計した300坪の貸工場を第3工場とした。場所は第1・第2の工場から西に250mの場所である。しかし1990年代、バブル崩壊後の不況で3カ所の貸工場を維持する負担が増すなか、1か月の支払家賃の額を聞いた金融機関から自社工場を持ってはどうかの話が持ち掛けられた。さまざまな物件を検討した末に現在地(3工場から北へ800mにある600坪の土地)を購入して工場を2001年に建設した。その後、2005年にゴルフ練習場は取り壊されてフレスポ東大阪が建設された。
以上の推移を目の当たりにした野田邦雄氏は次のように語る。
「45年に亘って稲田新町界隈の工場、住宅、店舗を見てきました。フレスポ東大阪2階に東大阪モノづくりミュージアムの常時展示ができると聞いて感慨深いものがあります。工場を記録する会の取材を受けたのは2018年1月末から2月中旬でした。取材の合間にミュージアムの常設展示場がなかなか見つからない苦労話を聞いていましたので心より祝福します。どのような内容の展示になるかも聞きました。東大阪モノづくりの歴史とモノづくり企業の活力が展示されるとのことです。東大阪で45年間、操業してきたとはいえ、まだまだ部分的にしか知っていません。弊社の歩みを東大阪モノづくりのなかで捉え直すことができれば何よりの喜びです。充実した展示になるよう期待を寄せています。」
東大阪モノづくりミュージアムは、2019年7月〜8月に特別展「楠根のモノづくり&まちづくり」を開いた。楠根とはフレスポ東大阪が立地する地域である。地元のモノづくりとまちづくりをテーマに展示した。その内容について野田邦雄氏に感想を尋ねた。
1. 「楠根中学校区の製造業分布」を見て、楠根地域に東大阪製造業の1割が集まっていることを知りました。それだけ集積していることに改めて驚いています。
2. 「地図から読み解く地域の変遷」は、弊社を設立した1973年以前のことがよくわかる内容でした。
3. 100年を超える長寿企業3社の歩みには学ぶところが多くありました。それぞれの御会社が時代の変化、経済の変動を克服されたことに敬意を表します。それを教訓にします。
4. 昭和20年6月15日の空襲で被災した日本ルツボ株式会社と楠根小学校には心が痛みます。私は満州で終戦を迎え、命からがら帰国しました。その経験をいつまでも心に刻んでいます。
以上のように野田邦雄氏は語ってくださった。
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